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2011年3月19日 (土)

3月19日 ホームポート

友人が七ヶ浜の知人宅に水を届けると言うので便乗させてもらった。

被災した七ヶ浜町の惨状を目の当たりにした。

言葉を失った。

酷い。

地形が変わっただろう。

GPSで見たら東西方向にずれが生じていたという。

その後PERSEUSに会いに行って来た。

あの津波に耐えたと聞いていた。

津波は野蒜海岸を超え、東名、そして松島湾内を東から西に移動したようだ。

外洋の津波は七ヶ浜の以前の火力発電所の敷地を越え代ケ崎に到達した。

盛り上がった海面は東宮浜漁港の東方向から迫り、防波堤を超えそのまま高速で港を横切り西の防波堤を超えて行ったそうだ。

助かったヨット、ボートは海面上昇に耐えアンカーを引きづり自らが流失するのを防いだ。

港でお会いした寮艇のオーナーが浮力のあるヨットだから助かったんだ!と言ってた。

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港全景

港の南側が丘になっている。そこが崩れていた。

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この岩はいつかは崩れるだろうと思っていた。

砂岩の混じった地層が露出していた。

船揚げ場は数本の地割れと段差が出来ている。

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まだまだ予断を許さない余震と津波。

十分に注意して港に入らなければならない。

入らない方が良いのも認識している。ただ、係留ロープが切れ漂流などしたら迷惑をかける。それだけは避けたいと思った。

ラジオと地震情報受信機を携え岸壁から防波堤に足を運んだ。

防波堤は一部陥没していた。

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流れて来たものは新品の電気ケーブル、木材、、、、、、あらゆるもの。

赤ちゃんのおしゃぶりまであった。

万が一、まさかと思いながら周辺を捜索した。

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PERSEUSに近づいた。油の匂いがきつく、さらにヘドロの匂いが漂っていた。

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さらに近付くと、テンダーが水没していた。

これは高潮の時に何度かあったことだったので驚くことはなかった。

いつも水没して海の底から引き揚げていたので、約2ヶ月前にテンダーをロープで縛っておいた。お陰で沈まずにぶら下がっていた。

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黄色いのがテンダー

遠目に見ると何事もなかったようなマストの列。

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こんなに穏やかな海が。

と思うくらい優しい顔の海がそこにあった。

もう海には行かない。行けないという言葉も聞こえてきている。

それも無理もないことだと思う。

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今日も上空をヘリコプターが飛んでいる。石巻方向に飛んで行った。

被災地での生活が8日目に入る。もう8日も風呂に入っていない。水道が復旧するのは4月に入ってからだと聞いた。

夢中で生きて来たこの一週間。

いつまで続くのか。

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