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2011年4月

2011年4月27日 (水)

回らない寿司

回らない寿司

兄ちゃんが夕ごはん食べに行くと言い、寿司屋さんに案内された。
あっ、回らない寿司屋さんなんて奥さんと行ったことがない。
回転寿司のはしごはしてたけど。
ご馳走になるつもりは無かったが兄ちゃんに甘えた。とっても美味しかった。

兄ちゃんは被災してから不自由な生活を強いられている。
家もトラクタもコンバインも。とにかくすべて津波に流されて何も無くなった。

何を失なったってお姉ちゃんを失ったことが一番辛いことだと思う。
でも兄ちゃんは弱音を吐かない。おんちゃんと奥さんに笑顔で接してくれる。
そしていつも心配してくれる。

アパート暮らしを始めたばかりで部屋の中はがらんとしているが、親戚から頂いた小さなテレビが今日も震災地の映像を映している。小さいテレビ。今どきコンピュータのモニターでさえもっと大きいよな。

おんちゃんと奥さん、妹夫婦が何か力になれること。いろいろ考えていた。
お金も無いしなぁ。と思いつつも何かおんちゃんの所有物でヤフオクにでも出せるものを探している。

まぁ、なんとかなるな!なんとかしょう。幸いおんちゃんと奥さんの家は津波の被害もなく、地震にも負けていない。それだけでも踏ん張れる環境だ。

で、奥さんと仙台の電気屋さんに行った。

津波に流された実家にあった液晶テレビより遥かに小さいが、おんちゃんの家にあるのと同じ大きさの液晶テレビを届けた。

殺風景な部屋が幾分華やいだ気がした。何よりも姪の笑顔がそうしたのかも知れない。

そして明日。地震に、津波に命を奪われた人たちの四十九日を迎える。

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2011年4月25日 (月)

どしゃ降り

どしゃ降り

雷鳴と共に強風が吹き、雨が落ちてきた。

春の嵐?

土砂崩れ起きなきゃ良いが。

ピカッ!ゴロゴロ、ゴロゴロ。

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ムスカリ

ムスカリ

昨年、友人の庭から頂いたムスカリが無事越冬して里山の片隅に姿を現した。

里山も春を迎えて花が咲き始めた。

ムスカリ

桜も開花した。
満開までもう少し。

ムスカリ

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2011年4月20日 (水)

もぞこい

もぞこい

余震でちょっと揺れるたびにビクッとしているハナコ。とても敏感に反応している。

あの大きな地震に遭った日から心休まることが無い。

地震が何であるか理解している人間はまだその揺れに対処する術を持っている。

あのとき家全体が激しく揺れ、タンスは倒れ、テレビも倒れる中にひとり(一匹)居たときの恐怖は計り知れない。

最近、膝の上や、寝てるときに胸の上に来て抱っこする回数が増えた。心細いんだろう。

いつも一緒にいてあげられないので、ひとり家に残す時は避難経路を確保してあげている。

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2011年4月 8日 (金)

梅の花

梅の花

咲いた、咲いた、梅の花。

良い香りを回りに漂わせ始めた。

今日はとても暖かい、南風が吹いている。

南の暖かい風が花をほころばせたんだな。

南風。

南風。

何を運ぶか南風。

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震度6強

復旧したかと思ったら、また初めからやり直しだ。

(;´д`)

部屋の中は足の踏み場も無い。

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2011年4月 6日 (水)

野営場

大変な任務をこなしている自衛隊の皆さん。

朝から日が暮れるまで被災現場に通い詰めている。

彼らはどんな日常を送っているのか気になっていた。

昼間の活動はテレビ、ラジオ、新聞などで把握しているつもりだ。

夜は、どこで寝ているのだろう。

家の近くにある大きな公園。

そこで見た。

大きなテント、小さなテント、輸送車が並ぶ。

部隊旗だろうか掲揚されている。

そう、ここが自衛隊の皆さんの宿泊場だ。

どちらの部隊かは分からない。

ここを起点に被災地に向かうんだ。

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間もなくここの桜も咲き始める。

水鳥たちは何も無かったかのように湖面に波紋を描いていた。

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春の小川

春の小川

小魚居るかな?

タガメやゲンゴロウ居るかな?

タニシなんかも居たらいいな!

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2011年4月 5日 (火)

飲料水の心配

京都に在住のいとこから水の心配をしてもらった。

まだ、いやこれからも汚染されて欲しくない上水道。

放射性物質を含む水を海への投棄が始まった今、空中に飛散したそれがいつ風に載って七ヶ宿を含めた水源に飛来するか分からない。

いとこの勧めもあり、少なくともヨウ素を除去できる浄水器を購入した。

品薄が続いていたが遂に昨日、購入した通販ショップではその姿を見ることは出来なかった。

幸い先週末に発注した浄水器が届き早速設置した。もちろん先を考慮しスペアのフィルターも用意した。

上水場で放射性物質を除去してから各家庭に供給することはできないのだろうか?

最悪の状態にならないことを願わずにいられない。

やはりイスカンダルに旅立たなければダメかなぁ。

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2011年4月 4日 (月)

だって寒いんだもん

だって寒いんだもん

今日は雪がチラついた寒い天気だった。

でもこんなにストーブの近くに居なくてもいいよね。

ハナコさん、寒がりだ。

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名取の実家

津波に襲われてから3週間が過ぎ、姉と叔母も荼毘に付され少し落ち着きを取り戻したか、奥さん実家に行ってみたいと言うので名取の実家へ向かった。

被災の状況はGoogleEarthで確認していたおんちゃんは実家が跡形も無くなっているのは知っていた。
奥さんにはそれとなく、閖上の惨状や北釡を含め仙台空港周辺の惨状を新聞やテレビを通じて得られる情報を少しづつ話していた。

想い出がいっぱい詰まった育った家が無い現実を目の当たりにした奥さんの気持ちを考えだだけで涙か溢れてきた。

ほんとに何も無い。実家があった場所には母屋の基礎、兄夫婦の家の基礎、土蔵二棟、農機具倉庫、あらゆる建物は基礎を残して皆流されていた。

辺りは海から運ばれた砂に覆われて土が見えない。砂には波紋が残っている、まるで砂浜を歩いているかのようだ。

広浦地区はニュースで報道されたのは宮城農業高校の状況だけ。校舎の二階が水没する位の高さまで津波は成長していたらしい。
この辺りでは一番海に近い場所だった実家は津波のエネルギーをまともに受けたのだろう。
電柱も折れていた。

番犬のコロはお姉ちゃんが大切に育てていたメスのワンコだった。地震があった当日はビニールハウスに繋がれていたはずだ。
津波から逃げる余裕も無かった。コロも繋がれたままだった。

姪が見つけたんだ!コロを。
苦しかっただろうけど、首輪をしたまま伏せしてやすらかな表情で亡くなっていた。主を亡くしてなお番犬の役割をまっとうしていたんだ。

姪はコロのお墓をつくってあげた。
コロが生んだ子犬たちは1年程前に閖上の朝市で里子に出したので今でも元気にしているだろう。

家族の猫も行方不明だ。
きっと何処かで生きていると信じて止まない。

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2011年4月 3日 (日)

春の陽気

春の陽気

風が少し強いけど日当たりの良い所はポカポカな昼下がりだ。

空は青いし、雲は白いし、タンポポは黄色いし。

春だなぁ。

春の陽気

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ガソリン買えた

ガソリン買えた

並んでたけど30台位で満タンオッケーって言ってたので並んだ。

待つこと20分少々。

買ったばかりの携行缶と車に満タンにした。

場所によって車列が無いスタンドもあるようだし、長蛇の列のスタンドもまだある。

南小泉辺りはスタンドで旗振りしていた。お客さん少なめ。泉大沢セルフスタンドは待ち時間無し。ちょっと北の富谷は長蛇の列。

うーん。どういうことかは分からない。

ほぼ平常に戻りつつあるのかなぁ。

友達がガソリンの事で心配してくれていたが、とりあえずガソリン手に入れたのでひと安心。

みんな心配してくれてるんだよなぁ。

うれしい(^_^)v

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2011年4月 2日 (土)

放射線から逃げろ

シェルターに隠れるしか無い!

と、思ったか うちの出目金くん。

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狭い水槽でとても逃げ場は無いな。

どうしよう。。。

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出棺

お別れに来た。

遺体が安置されてから二週間が過ぎた。

火葬場に行くにも順番待ちで今日になった。

二人は兄と姉、そして父と母の待つ世界へ旅立つんだ。

葬祭会館にはまだ多数のご遺体が順番を待っている。

出棺の際に和尚さんが居ないままに出棺するご遺体もあるんだ。

義姉と叔母は菩提寺の和尚さんが送り出してくれた。

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