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2012年9月16日 (日)

熊に襲撃された?

里山の畑のスイカに熊の牙の痕らしいのがあったのが2週間程前。

やはり熊だろう。

里山の基地にはお風呂場とトイレの建物があるが、数年前からコンクリートブロックで造った基礎の隙間にニホンミツバチが営巣している。

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巣の入り口

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要塞化した日本ミツバチの巣(全景)

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破壊される前の風呂場(南側)

この巣には沢山ハチミツが貯蔵されているに違いない!

そのハチミツの匂いにつられて来たのだろう。

熊は蜂の巣を攻撃したのだ。

バリバリバリ・・・・・。

そんな音がしたかは定かでないが、南側にある蜂の巣の入口付近に手を掛けて壊し始めたのだ。

しかし、要塞と化したニホンミツバチの巣には歯が立たなかった。

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熊の爪痕

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破壊された風呂場(南側)

熊は西側に回り込んだ。

こっちから壊そうと思った。多分(^_^;)

風呂釜と水道管に手を掛けたみたいだ。風呂釜の煙突が外れ、水道管は破壊された。

柱にはくっきり爪の痕が数ヶ所。足の爪痕もあったので登ろうとしたのだろう。

熊は沢伝いに侵入したらしい。獣道も見つけた。

雑草が腰の辺りを超える勢いで伸びているので熊の接近が確認できないと思い、刈払い機のエンジンを始動した。

エンジンが掛かっているうちは熊は接近しないだろう。

この日も暑かったので汗を流しながら草を刈った(>_<)

ふと思った。エンジンが止まったら襲われる。 少し恐くなった。



くまったなあ。いや、困ったなぁ。シャレを言っている場合じゃない。

どんぐりが不作だと聞いていた。暑い夏と降雨が極端に少ない状況は熊たちの餌不足を助長しているのだろう。

熊たちとの共存は願うところだが、この地を生活の場にしている人達にしてみれば招かれざる客であるだろうし、接近遭遇に気を使いながらの生活は緊張の連続だ。

心休まる時も無くなる。

何とか彼らに本来の居住区に帰っても貰えないものだろうか!

彼らにとっての最悪の結果だけは避けたいところだ。

猟友会のお出ましはご遠慮いただきたいな。

熊のプーさんがハチミツなめてる絵は可愛いけどなぁ。

いとこが言ってた。

餌付けして空腹を無くしてあげれば農作物への食害も無くなるしね。

そうだよね。何とかならないものか!

でも、接近遭遇の心配は残るんだろうな。


さて、どうしましょう。

壊れた風呂場の修理。

やることいっぱいの里山での作業。また野良仕事が増えたな(x_x)

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2011年4月 3日 (日)

ガソリン買えた

ガソリン買えた

並んでたけど30台位で満タンオッケーって言ってたので並んだ。

待つこと20分少々。

買ったばかりの携行缶と車に満タンにした。

場所によって車列が無いスタンドもあるようだし、長蛇の列のスタンドもまだある。

南小泉辺りはスタンドで旗振りしていた。お客さん少なめ。泉大沢セルフスタンドは待ち時間無し。ちょっと北の富谷は長蛇の列。

うーん。どういうことかは分からない。

ほぼ平常に戻りつつあるのかなぁ。

友達がガソリンの事で心配してくれていたが、とりあえずガソリン手に入れたのでひと安心。

みんな心配してくれてるんだよなぁ。

うれしい(^_^)v

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2011年4月 2日 (土)

放射線から逃げろ

シェルターに隠れるしか無い!

と、思ったか うちの出目金くん。

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狭い水槽でとても逃げ場は無いな。

どうしよう。。。

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2011年3月19日 (土)

3月19日 ホームポート

友人が七ヶ浜の知人宅に水を届けると言うので便乗させてもらった。

被災した七ヶ浜町の惨状を目の当たりにした。

言葉を失った。

酷い。

地形が変わっただろう。

GPSで見たら東西方向にずれが生じていたという。

その後PERSEUSに会いに行って来た。

あの津波に耐えたと聞いていた。

津波は野蒜海岸を超え、東名、そして松島湾内を東から西に移動したようだ。

外洋の津波は七ヶ浜の以前の火力発電所の敷地を越え代ケ崎に到達した。

盛り上がった海面は東宮浜漁港の東方向から迫り、防波堤を超えそのまま高速で港を横切り西の防波堤を超えて行ったそうだ。

助かったヨット、ボートは海面上昇に耐えアンカーを引きづり自らが流失するのを防いだ。

港でお会いした寮艇のオーナーが浮力のあるヨットだから助かったんだ!と言ってた。

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港全景

港の南側が丘になっている。そこが崩れていた。

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この岩はいつかは崩れるだろうと思っていた。

砂岩の混じった地層が露出していた。

船揚げ場は数本の地割れと段差が出来ている。

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まだまだ予断を許さない余震と津波。

十分に注意して港に入らなければならない。

入らない方が良いのも認識している。ただ、係留ロープが切れ漂流などしたら迷惑をかける。それだけは避けたいと思った。

ラジオと地震情報受信機を携え岸壁から防波堤に足を運んだ。

防波堤は一部陥没していた。

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流れて来たものは新品の電気ケーブル、木材、、、、、、あらゆるもの。

赤ちゃんのおしゃぶりまであった。

万が一、まさかと思いながら周辺を捜索した。

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PERSEUSに近づいた。油の匂いがきつく、さらにヘドロの匂いが漂っていた。

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さらに近付くと、テンダーが水没していた。

これは高潮の時に何度かあったことだったので驚くことはなかった。

いつも水没して海の底から引き揚げていたので、約2ヶ月前にテンダーをロープで縛っておいた。お陰で沈まずにぶら下がっていた。

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黄色いのがテンダー

遠目に見ると何事もなかったようなマストの列。

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こんなに穏やかな海が。

と思うくらい優しい顔の海がそこにあった。

もう海には行かない。行けないという言葉も聞こえてきている。

それも無理もないことだと思う。

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今日も上空をヘリコプターが飛んでいる。石巻方向に飛んで行った。

被災地での生活が8日目に入る。もう8日も風呂に入っていない。水道が復旧するのは4月に入ってからだと聞いた。

夢中で生きて来たこの一週間。

いつまで続くのか。

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2011年3月17日 (木)

地震の現状(東日本大震災)

仙石線中野栄駅から多賀城駅の間

遠方のマンションは多賀城ロジュマン。

海から離れているここまで津波が来た!

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自宅の部屋。

箪笥が倒れ描きまわしたような状況。

ここに寝ていたらどうなったか。

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自宅近くの砂押川に津波で流されたプレジャーボートや釣り船の残儀。

中央はおそらくY27だが上部構造物の面影はない。

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食事の風景。

まだ電気が通っていない時。

洗い物ができないのでサランラップなどを食器に覆っている。

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避難所ではなく、自宅でこうして食事できるなんて幸せなことだと思う。

布団にも寝ることができる。

幸せなのかもしれない。

贅沢は言えない。

欲しがりません、復興するまでは。

でも。

でも気がかりがある。

福島の原発事故。

はたして冷やせるのか。なんとか冷やしてくれ。

チェルノブイリの二の舞にならないように祈るばかりだ。

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テレビの情報って

何を言ってるんだ!

被災地では急に冬型になって寒い夜を迎え毛布が足らないと言っている。

そこまでは間違いない。

こうすれば良いんだと解説し始めた。体に新聞紙を巻き、その上からラップで巻く。だと(-_-メ)そんなものは被災地には無い。
バカな、被災地では情報が皆無だ。テレビはおろか乾電池一個すら無い、ラジオも聞けない。
テレビの解説はまだそんなに酷くない被災地向けの放送だと割り切って見るしかないのか。

日曜日と昨日、南三陸町志津川に行って惨状を目の当たりにしてきた友人が話していた。何もない、地獄を見ているようだ、と。姉夫婦を捜しに行ったんだ。
津波に巻き込まれたらしい。
おんちゃんも何度かヨットで志津川に行った時にお世話になった。
あのおじさん、おばさんが行方不明なんだ。

津波の到達が早かった。
防災、津波対策のエキスパート的な町だった志津川。
何故。

町民の半数近くの行方がかわからない。

防災の町が。

何故。

涙が止まらない。

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2011年3月13日 (日)

ライフライン

ライフラインは不通。

携帯もなかなか繋がらない。

カーナビワンセグとラジオが情報源。

手動発電の電灯はあるけど心許ない。

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2011年3月12日 (土)

コンビナート火災

コンビナート火災

燃え続けている。

煙が積乱雲のように立ち上っている。

あちこちで火の手が上がってる。

余震はまだ続けて来る。

事務所にいたときはこんなに被害がでるとは思わなかった。

かなり酷い状況だ。

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2011年3月11日 (金)

地震

松島町で強烈な地震を受けた。

もう9時になる。まだ強い余震が続いている。

おんちゃんは松島を5時過ぎに出て、まだ利府にいる。大渋滞にはまっているのだ。

全域停電で信号機も止まっている。

街は真っ暗。星がいっぱい見える。

奥さんは職場の近くの避難所に行った。

家でハナコが待っている。帰らねば!

帰らねば!

腹ペコだ。

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2011年3月 9日 (水)

地震

来た!

と思った。

宮城県沖地震!!!!!

午前11時45分。

金華山の東方160キロメートル、マグニチュード7.3.

宮城県沖地震の想定範囲からはるか東方が震源地だった。

ビビビビ、、、、、前に洋上でセーリング中に体験したビビビビ、、、、

振動が似ていた。

そして横揺れが加わる。

窓がガチャガチャ言っている。

fish

県内で50センチの津波も観測された。

ホームポートのヨットが心配だった。

メンバーの一人が確認に行ってくれた。

が、防潮堤に閉ざされて船まで行けなかったが干潮でもあったため被害無し。

やれやれ、ひと安心。

かなり長い時間に感じた。

地震が来たらタイマーでカウントしようと日頃思っていたけれど、

冷静さを失っていたようだ。すっかり忘れていた。

これで宮城県沖の地震が軽減されるのか?または増幅されるのか?

あと半年間は油断できない。

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